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さん☆おとぴpresents いのちのしくみ

いのちのしくみとか、この世のしくみを書いています

☆わたしは知っているという感覚とプライド☆

スピリチュアル系雑誌のトリニティさんの

webマガジンで連載させていただくことになりました。

元精神科看護師が人生の中で気付いことをお伝えします……

vol.1~基本的な、「いのちのしくみ」~

http://www.el-aura.com/post_inochinohealer/

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おととい、フェイスブックのお友達を整理したら

昨日の午後ぐらいだったかなー、

生霊来て(たぶん何人か)、

カラダが重かったから

何をいいたいか、感じてみたんですね

すんげープライド高い感じの人が

わたしを友達から外すなんてって怒っている感じだったんですね

前回はもっと大人数をお友達から外したので

数日続きましたけど、

今回はそんなにしつこくなかったんですけどね

わたしの記事が読みたければフォローをお願いしますって

いわれても、あの調子じゃプライドが許さないでしょうね(´∀`;A

一応、嫌いで外すわけではないとも書いておきましたけど

あんまり意味がないみたいですね

なんかみんな、友達から外されるとか

ものすごく弱いですよねー

わたしも、フェイスブックとかmixiとかで

友達から外されたこと

いままで何度もありましたよ

そんなに関わりがなかった人も多かったですけど

この人、恩とか感じないのかなーってぐらい

恩を着せるわけじゃないけど、

以前は、わたしにあれこれ面倒をかけておいて

相手の勝手な逆恨みだろうと思う感じで外されたこともあります

(なんかブログ読んだりして勝手に反応するんですねー)

以前は、確かにわたしもいちいちムカついてたんですよ

でも、変な話しですよ

だいたいお友達から外した方って

リアルな知り合いじゃなかったり

知り合いでも疎遠になっていたりして

日常で会う機会もないし、別に会いたいとも思わない

逆にわたしが外された時も、疎遠になってた方がほとんどですね

だいたいの方、互いに「いいね」を押すことも

コメントでやりとりがある訳でもない

(正確には相手の方は押してくれているのかも知れないですが

いちいちチェックしていないので知らないです。

わたしが興味なくて、相手の記事を読んでないことが多かったですねー)

SNSができる前だったら、自然にフェードアウトしていくような

関係なのに、別にその人の近況なんて知りたくないんですよ

それなのに、友達を外されると、すんげー胸くそ悪かったんですけど

これって、子どものころのトラウマなんでしょうね

子どものころは、よく絶交したり、仲直りしたり

気軽にできていたのに、

大人になるとそれが気軽にできないのは

自己否定された気分になったり

見捨てられた感じだったり、疎外感だったり、孤独感だったり

色んな感覚が刺激されるんでしょうね

こっちは見捨てたつもりは全くないですし

もう最近、会ってないし、

相手のフィードも興味ないからいいやってぐらいです。

相手を否定したつもりもなくて

単純にわたしとは合わないって感じですね

生霊さんは、プライドがどうのって怒ってましたけど

たぶんそれは、2次的な感情だと思いますよ

わたしも昔は、プライド高くて

プライドが傷ついたって怒ってましたけど

いまとなっては、プライドって感覚自体が

よく分からないので、その時の自分を全く違う見方ができるんです

プライドを高く保つことで、内側に隠した

何かを守ろうとしていたんでしょうね

内側の何かが刺激されて怒ったんだろうと思います

それで、なんでプライドを高く保ちたくなるかっていうと

よく言っているように、人は

すべてを知っている状態で産まれてきます

それなのに、この世の枠に無理やりはめられるわけですよ

無理やりって言っても、最終的に受け容れたのは自分なんですけどね

仕方ないですよ。

この世のほとんどがそれでできているのに、

自分だけはみ出すわけにいかないもの。

このわたしは知っているという状態を

うっすらとですけど、人はどこかで覚えています

特に、インディゴ世代から下の人たちは忘れていないんです

その視点からみたら、いかにこの世がバカバカしいか

本来、いのちの世界は平等で上下なんかないんですが

ヒエラルキーの上下の世界で上から圧力かけて潰されると

わたしは間違っていないって感覚が捨てきれずに

わたしは正しいって正しさを主張するようになります

それが発展すると、わたしはすごいになって

人を見下すようになるんです

わたしも昔、そうだったんですけど

本来の自分を見失って指針がなくなったために

正しい、正しくないにひっかかるんですよ

そうやって、人を見くだして

プライド高くなったりしますよねー

プライドの高さ故に

友達外されるのだって、自分を否定された感じがして

耐えられないんだと思います

でもねー

そうすると、いままでの世界と変わらない

ヒエラルキーの世界に加担するだけなんです

わたしもそうだったんですけど

自分があんなに嫌がっていた、この世の一部に

自分もいつもまにかなっていたんですよね

そういう自分がどこかで許せないのも知っているけど

苦しさゆえに、人からの証明が欲しくて

人に認められたくて、乗りあがろうとする。

そういう感覚が、勝ち組、負け組じゃないですけど

人に優越を付けたがる

自分が自分を認めていれば

人から証明なんてどうでもいいんですし

世間の価値感的な勝ち負けには全く興味がなくなります

でも、多くの人は

そこが欠けているので、外に証明を求めるんですよ

そうなると、自分が優れていることを証明しないといけないので

そういう人たちって、マウンティングしてくるんですよねー

人が話しているのに、人の話しに自分の話しをかぶせてきたり

別に悩み相談をしている訳じゃなくて近況報告をしているだけなのに

聞いてもいない、クソアドバイスをしてきたりしますよ

とにかく、人の上に立ちたいんでしょうね

でもねー

ぶっちゃけ

ありのままの自分になりたかったら

このプライドってすごく邪魔だし

自分をものすごく狭めるんですよ

誇り高く生きるのは素敵ですけど

人の上に乗り上がるために

プライドを振りかざすのは違うと思うんです

わたしが、ここまで楽になれたのって

何度もプライドをずたずたにされたからなんだと思うんです

例えば、自叙伝に2つの殺人事件がでてきますけど

わたしってなんて無力なんだって

すんげーどん底まで打ちひしがれたんですよ

そういう経験から、是が非でも

幸せになるって決めて

いまがあるんですよ

それぞれ色んな生き方があるので

マウンティング大会が楽しければ

やっていればいいと思います

でも、それに疲れたのであれば

プライドという檻の中で

苦しんでいる自分に気付いてあげてくださいね

☆たまのをワークアドバンスについて☆