さん☆おとぴpresents いのちのしくみ

2017年1月にアメブロからお引っ越ししました。過去記事保存用なので、たぶん更新することはないと思います。

☆腹を据えること~インディゴの役割~②☆

それでね

この、まるで巨人に襲われて喰われるかもしれないという恐怖

この恐怖を潜在的にもっていても

すべての人がこの恐怖に向かう必要はないと

わたしは思っています

だってね

巨人に襲われて、喰われるかもしれないって

ものすごい恐怖があったら、相手を逆に殺したくなるでしょう

みんなを不幸にしている根源だって思ったら

八つ裂きにして、ぶち殺したくなると思います

でもね、元々もって生まれた、

いのちそのもの、愛そのものの感覚から

その想いって、巨人が人々にしていることと同じものなんですよ

あれほど、おぞましい、恐ろしい恐怖の対象と同じものが

自分の中にも芽生えてしまったこと

何よりも恐ろしいのが、自分の中にある憎悪です

この憎悪と恐怖が人の中にある

だから、どうしても本気で自分に向かうのって

ものすごい恐いから避けて通りたくなるんですよ

何よりも恐ろしいものが自分の中にあるってことよりも

あの巨人が悪いって、何かのせいにしていたほうが楽じゃないですか

たまのをに自分解きに通っている人たちって

思考が強くて、感覚を消している人たちが多いんですね

なぜって、感覚が良い人は

自分を解いたら、この恐怖が底にあるっていうことを

無意識に知っているから、本気で自分に向かえないからですよ

思考が強いタイプの人は

あーでもない、こーでもないって

頭を使って、感覚を逸らすので、

そこまでの恐怖が潜在的にあるってことに

そこまでピンと来ないみたいです

面白いぐらい人それぞれ、色んなやり方をするんですけど

感覚が良くても、大切なことに触れようとすると

頭でこねくり始めてみたり色んなやり方をしますねー

感覚が良い人で、真っ直ぐ向かおうとする人もいますけど

そういう人はだいたいものすごく腹が据わっている人ですね

腹が据わっている人でも、

頭に来たら外側に原因を求めてみたり癖を回しますねー

それぐらい、感覚を外すことに慣れているし

感覚を当て続けるのは恐いことなんですよ

腹が据わっている人は

そうじゃなくて、あなたの感覚が元なのよーって

いえば、ストンと腑に落ちてくれますけど

この腹を据えるってものすごく大切なんですよ

人は頭で、覚悟を決めましたっていう人がほとんどなんですが

そうじゃなくて、感覚で腹をくくること

そうはいっても、感覚消している人には無理なので

例え頭でも、覚悟を決め続けるしかないですよね

わたし、よく寝込んだり、お腹壊したりしてますけど

感覚を消していて気が付かなかったけど

本当は感じてきた感覚がカラダにものすごく溜まっているんです

それに気付いてあげて解放してあげないといけないんですね

気付くだけで、楽になることもあれば

動画の恐怖の解放みたく、恐怖を感じて抜けていくものもあります

そうはいっても、うん十年、溜めて来たものですから

一度で一気に終わるわけではなくて、

繰り返し、繰り返し、自分のことを分かってあげる必要があります

色んな出来事は、カラダにある感覚の追体験で起こることが多いのですが

怒りの解放にしたって、一度で終わらずに

繰り返しパターンを変えて現れます

同じパターンが続くこともあれば

違うパターンの時もありますよ

うん十年も生きて来て、怒りだってひとつのパターンだけの

訳がないんです(´∀`;A

なにか腹立たしいことが起きた時に

あいつが悪いって、相手の非だけを非難し続けて終われば

また同じパターンが続きます

しかも、嫌でも気付くようにどんどんバージョンアップしていきます

そういう時に、自分の感覚に目を向けてあげること

それを繰り返しやって、自分の感覚が何を言っているか

気付いてあげていくと、そういった出来事が起こらなくなったり

気にならなくなって行きます

それを繰り返しやっていくことで

自分との信頼関係ができてきて、徐々に感覚が戻ってくるようです

そんなことを繰り返していくうちに

わたしは自分のカラダを全面的に信頼できるようになってきたんです

それでも、苦しかったり、辛かったりするのは嫌でしたけど

それすらも、いままで気が付かなかった自分を教えてくれているんだって

受け容れ続けて行ったんですね

カラダがしんどい時に病院行って、薬飲むのも

どうするのもその人のご自由ですし

わたしは前はそうしてたんですが

苦しい時に、そうやって他力本願するのではなくて

こうやって自分自身のカラダを信じてあげることで

治った時の爽快感が全く違うんですね

これをするのは、自分との信頼関係が大切なので

自分を信じきれてない人は

どうしても、あれが悪くて病気になったのかもって

外側に原因を探してしまうんです

そういう風な状態で、自分に向き合っても

どうしても中途半端になってしまうので

すべての原因は外側ではない

自分の内側にあるって、腹を据えることが大切なんですね

そうはいっても、あんまり辛い時は

素直に病院行ってくださいって感じです

結構、みなさん、カラダに溜めこんでいるものがすごいので

時にはとんでもない激痛がしたりするので

病院行って安心することも大切だと思います

病院で特に病気が見つからなければ

安心して、自分解きをすればいいし

仮に病気が見つかって入院しても通院しても、

投薬や治療が悪いわけではないし

それが自分解きに邪魔になる訳でもなく

そういった経過の中で、自分の感覚を感じてあげる

自分に向かってあげることを忘れなければいいと思います

実は、わたしも以前はそんな痛い想いをしないでも

もっと楽になる方法があるでしょーって思ってました

実際に、前はヒーリングであれこれ治したりしてましたけど

だいたい、みなさん、同じことを繰り返すので

どうやら、とりあえず良くすればいいわけじゃないみたいって

気が付いていきました

ガツンと病気したり、怪我した方が

治った時に明らかに感覚が変わるんですよ

ジミーに自分解きをしていく方法もあるでしょうけど

溜めてたものって、そんなレベルじゃないので

腹を決めて、時には思いっきり具合悪くなった方が

後々、本当に楽になります

びっくりしますよ。

時にはマーライオンのように吐きますし

上と下から同時発射しそうになって(下痢と嘔吐)

お尻出しながら、困り果てて

耳からコンビニ袋ぶら下げてトイレに座ってたこともあります

恐怖の解放する時は、恐怖は腎臓だから

異常なぐらいおしっこがでて水分がなくなるんじゃないかと思うし

カラダだって、切り込むぐらい痛かったり

地上に居ながら、息ができなくなって溺れるような感じになったり

肛門さまが死ぬほどかゆくなったり、痛くなったり

カラダ中色んなことが起こりますよ

でも、不思議と自分に向かっている時って

困らないようにできています

不思議なぐらい誰かが助けに来てくれたり

ちょうど良く休みだったり

仕事を休んでも、その日に限って超ヒマで

休んでも気兼ねしないですんだりします

ただ自分が自分を責めてしまうと

責められるようなことが起こるので

それだけ苦しかったのに、いままで放っておいてごめんねって

ポノりながら(ごめんなさい、許してね、ありがとう、愛してるって声をかけてあげながら)、自分をいたわってあげれば治った時に

嘘のように楽になれるので、それが腑に落ちていけば

病気の時は自分に向き合うチャンスが来たって思えるようになりますよ

あと、これがずっと続くんですかって

よく聞かれるんですが

しらんがな

でも確実に言えるのは、苦しいのが楽になっての繰り返しの中で

カラダの実感が出て来て

いままでのすべてが嘘じゃないかと思えるほど

幸せ感が増して、生きているだけで喜びなんだって実感できるようになっていきますし、いまに生きれるようになって行くので

いま、起きていることがすべてという感覚になっていくので

これがずっと続くかとか未来のこととか気にならなくなっていきますよ

いま、幸せならそれでいいし

いま、何か苦しいものがでてきているのなら

ただただ向かえばいいだけ

そういうシンプルな生き方になっていきます

とにかく、自分に向かうことを腹をくくり続けることですね

でもとにかく苦しいので、

これができるのはインディゴの子たち

なんだろうなーって思います

自分に向かい続けるのは、ある意味、自分との戦いなんですね

外側に目を向けて、何かのせいにすれば

一時的にでも、楽になれるのに

すべてを自分に還して行くのは、しんどいこともあるけれども

それをやり続けることができるのは、

インディゴの気質が必要なんだと思います

本当に時には辛いですけど、

向き合えば向き合うだけ、信じられないほどの喜びが待っていますし

生きている実感が深まって来ると

その苦しみすらも、生きているから感じられる

喜びだって気付けます

産まれて来て本当に良かった

生きているだけで、幸せでたまらない

その喜びを体感したい方は、

諦めずに自分に向かい続けてみてくださいね