さん☆おとぴpresents いのちのしくみ

2017年1月にアメブロからお引っ越ししました。過去記事保存用なので、たぶん更新することはないと思います。

☆インディゴマウンティング☆

うちの家はさー

東向きだから、お昼ぐらいまでしか日が当たらないから

午前中は窓際で日向ぼっこすることがあるのね

主に背中を温めて甲羅干ししてるんだけど

(甲羅はないけど気持ち的に)

いやー、太陽がきついきつい

なんか、いま、逆行している惑星がひとつもない

珍しい星周りらしいのよ

そのせいなのか、すげー太陽パワーハンパなくて

クラクラするよ。

これなら、逆行している惑星が

ひとつぐらいあったほうがいいぐらい強烈だったよ。

太陽やべー、洗濯物、干せないと思ってたら

曇って来て助かったけど(・∀・)

1月4日までこの状態が続くらしいんだけど

エネルギー強すぎて、

勢いつきすぎちゃうかもしれないから

息切れしない程度に、歩んでちょ

逆行してる惑星がないから

いま、方向を正すのに、ちょうど良いと思うの

それでね、いま、古い時代の男性性の話しをしているけど

その前に、インディゴの人がしやすい

マンティングの話しをしないとね

せっかくのわたしの話しも

相手を見下すためだけに使って欲しくないのよ

そうだったんだって、互いに理解し合えるようになって欲しいの

わたしも前はよく心の中でマンティングしてたのよ

前はクソバイスもしてたし

余計なおせっかいだったろうなーって思う

別にやりたきゃやればいいんだけど

でも、それやっているうちは

踏むか踏まれるかっていう、争いの世界だし

上下のヒエラルキーの世界だから

ある程度で、歩みがひっかかっちゃうのよ

それで、公開処刑みたいで

申し訳ないけど、ちょっと前に

マンティングコメントが久々についたから

ちょうど良いから解説させてね

ちなみに、ゼロの芸能人の記事についたコメント

☆ゼロの世代☆~ゼロの世代の芸能人~☆

>ブログいつも興味深く読んでいます。読んでいて思ったのですが、おとぴさんもすごくゼロの人ですよね。

私は多分ゼロとインディゴの中間くらいだと思うのですが、もれなくどの時代にも短所も長所もあって、不完全なんだなあと思いました。

それぞれの時代でしか学べないことを学びに、その時代を選んで生まれてきたのですかね。

私は、そのゼロの人の滑稽なところも、人間くさくて好きです。

これ読んで久々にマンティングコメント来たーって

嬉しくなったんだけど

わたしが、マンティングやめたらっていうか

やられたら、やり返さなくなったら

マンティングする人たちって、

あまり近寄らなくなったのよ

(前はこれでもかってぐらいズケズケと言い返しもしてたけど)

だから、こうしてたまに来ると

新鮮だし

おっ、またマンティングしないように

気をつけようっとって思える

これ見た瞬間、胸がしめつけられて

動悸がすごくしたのね

書いた本人すごく怖くて

反射的にマンティングしたんじゃないかなーって思う

それぐらい、ゼロの話って、すごく恐いのよ

みんな、うっすら気付いていても

気付かないようにしているから

特にインディゴ前期の人は

メタメタにゼロにやられているから

性質が真反対すぎて、意味不明過ぎて

すごく恐いみたい

それで、巻きこまれて

ゼロっぽくなっている前期のインディゴって多いのね

わたしも、自叙伝でいえば

第3章ぐらいまでは、ゼロっぽい傾向があって

なんか、文章とかポエムみたいで

いま、読むと、ぞぞぞってするんだけど

あれはあれで、その時のわたしのものだから

ちょっと修正しただけで載せているのも多いのね

自分のゼロっぽさを徹底的に解いたのって

ここ2~3年ぐらいで

自叙伝の続きが書けなくて、気が付いたのね

スピリチュアルな人って

ファンタジーと現実の区別がつかないことも

多いし、自分の都合の良いように解釈していることも多いし

ゼロのスピ系の人って

宇宙人とか天使系とか圧倒的に多いように思うの

わたしも一緒になって言ってたんだけど

そういうファンタジーなの一切、やめるようにしたの

それがダメってわけじゃなくて

わたしは性質的に、自分をごまかすのが嫌いなのね

だから、徹底的に自分を正し続けた、結果

そういうことにあまり興味が無くなったの

だから、人からゼロだって指摘されたことはないけど

自分でゼロっぽいところがあるのは自覚しているの

自分にそういう所があるから、余計に理解が深まったのもあるよ

あー、そもそも

ゼロの所でも話したけど

役割の違いであって、どちらが偉いとかじゃないからね

それで、わたしは順を追って

ゼロの話しをしているところで

わたし自身がゼロの要素が全くないともあるとも言ってないのに

おとぴさんはすごいゼロの人ですよねって

ハッキリいって的外れだし、場違いなのね

マンティングしているようで

客観的にみると、自分に文章読解力がありませんって

言っているようなものだと思うよ

しかも、あえて芸能人の大げさなケースを挙げている記事に

それで、すごいゼロですよねっていうのは

すっげー見下しているとしか思えないのね

でもねー、これってすごく人がよくやる

マンティングの仕方で

相手を落とすことで、自分を上げたりとか

自分の世界を守ったりするの

ゼロよりも上の人は、相手を落とすことで

自分を上にみせるけど

インディゴの人たちは

自分の世界を否定されることが恐いから

相手を見下すことで、自分の世界を守ろうとする傾向があるよね

それで、そのあとの文章も

よくみんなが、やるマンティングなんだけど

名づけて、

わたし分かってますマンティングかな

>もれなくどの時代にも短所も長所もあって、不完全なんだなあと思いました。

それぞれの時代でしか学べないことを学びに、その時代を選んで生まれてきたのですかね。

すげー、当たり前すぎることを

まるでわたし、分かってますって感じで書いているけど

正直、だから何って感じなのね

なんかねー、みんな実はすごく劣等感が強いんじゃないのかな

自分が恐くなったりとか、圧倒されると

こういうことする人多いのね

とにかく自分が分かってますってことを

相手に証明しようとする感じ

でもね、はっきりいって

そういうことをする人は

ほとんど何も分かっていません!!

だから、そういう傾向がある人は

いったん、わたしは何も知らないっていう謙虚な気持ちで

物事を受け止めた方が良いよ

分かっているっていう思い込みで

本当は分かっていないものを見落とすし

成長がそこで止まるから

それで、最後のゼロの滑稽なところも好きですって言うの

同じ言葉でもね、使う感覚で全く違うものになるの

だから滑稽でも、褒めていることもあれば

馬鹿にしていることもあるんだけど

明らかにこれは馬鹿にしているよね

だから、わたしがすごくゼロの人だっていって

結局、馬鹿にしているわけ

あと、好きですって書いてあるけど

大好きマンティングとか

愛と感謝でマンティングとか

色んなことをみんなするんだけど

要は、そんな滑稽で馬鹿げたゼロの人でも

好きだっていえる、わたしは心の広い人間ですよってことです

あと、単純に好きってことで

恐い感情を打ち消していたりとか

人を嫌ってはいけないって思い込みがあったりとかもあるけどね

わたしもね

正直、さんざんやったよ

こういうマンティング

見下された時は、下手にでる振りで手玉にとったりとか

でも、そういう駆け引きをやっているうちは

相手の同じ土俵にいるの

この人がどういうつもりで書いたかは知らないから

同じ土俵にいたいのかもしれないから

そうなら、何もいわないけど

もし本当は、そういうのが嫌で

この世界を変えたいと思うのであれば

そういうマンティングはやめたほうがいい

癖になっているからすぐにはやめられないかもしれない

そういう時は、後から脳内イメトレでもいいから

マンティングした所を思い出して

修正していると、気が治まってくるので

徐々に、次にやられた時の

対応が変わってくるよ

あと、相手に本当に言いたかったことは何なのか

分かってあげたりとかね

わたしは、本気でこの世界を変えたいと思っているの

でも、それには上の世代の人と同じ土俵で戦っても

その連鎖は止められないの

それにこんなことをしていても

自分が気持ち悪いだけだったし

そう思って、マンティング大会をやめたら

そういう人がやってこなくなったのね

でも、こうしてたまにそういう人に出会うと

そういう自分がいたことを思い出せるし

あの頃に自分と違う対応ができるようになったことが

嬉しかったりするよ(o^ ^o)