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さん☆おとぴpresents いのちのしくみ

いのちのしくみとか、この世のしくみを書いています

☆インディゴ前期~新たなる時代の土台となる人たち~③☆

├☆インディゴ前期☆

世代の話しが初めての方はこちらから

☆緊張から弛緩へ☆~しなやかに生きる遊びのある時代へ~

それで、わたしが思うに

外向的な人って自分解きに向かないんですよ

自分解きすらも、己を見せつける道具にして

わたし、こんなに色々気付いちゃいましたーって

外側に自分を証明するために使う

ただ、それが悪いともいわないのね

だって内向的にコツコツ地味に自分解きを

している人だけだったら

この世は発展しないもの

たぶん、大きく役割分担があるのね

インディゴ前期って多少、潰れてはいるけど

ある意味、典型的なインディゴなのね

とにかく真面目で一生懸命

自分解きって、自分に対する真摯さとか素直さがないと

続けられない所があるのね

それぐらい人は自分に魔法をかけて

自分の感覚をごまかしているから

自分のマジックに騙されてしまうから

それでも、向かい続ける根気強さが必要だから

インディゴの人たちの

嘘発見器のようなするどさ、

繊細さと鋼のような意思の強さが必要なんだと思うの

これらの気質をインディゴ前期の人たちは

ぜひ自分に向けて使って欲しいのね

そして、自分の内的な世界をゆるぎないものに

できたインディゴ前期の人は

ある意味、

新しい時代の柱であり

新しい時代の土台であり

新しい時代の羅針盤

のような存在なのね

ある意味、ここが整わないと

他の世代も整わないっていってもいいぐらい

重要な世代だと

わたしは考えているの

上の世代の価値観もなんとなく分かるし

新しい時代の人たちのことも分かるから

新旧、橋渡し役もできるしね

真面目なインディゴ前期の人からしたら

ゼロとか新ゼロとか現実感がないっていうか

言葉は悪いけど、

ベッキーちゃんの卒論じゃないけど

小奇麗にまとめたけど中身の伴ってない

軽薄さをどうしても感じてしまうと思うの

でもね

なぜ、彼女たちがそうなってしまうかっていうと

本来、土台になるべき

わたしたちが、まだ整ってないからなのね

この世ってある意味、幻想なのね

でも、そこにしっかりとした

本来の感覚があると

はじめて、リアルが表れるのよ

幻想である、外側の世界を創るのって

どうしても、夢物語っぽいので

どうしても、グラウンディングが甘かったりとか

そういう印象があるんだけど

木で例えるなら

根っこの部分にあたる

わたしたちインディゴ前期が

まだ全体的に整わないで

ぐらぐらな人が多いからなのね

根がぐらぐらだったら

必然的に、表にでている

木はぐらぐらになるよ

もちろんゼロや新ゼロの人たちも

いずれしっかりと自分を定めないといけない時が

来るんだと思うけど

どうしても彼女たちは意識が外に向きやすい性質で

ふわふわしているから

どうしても方向を見失いやすいのよ

そこで、彼女たちが自分を見失った時に

それに気付ける相手が必要なの

彼女たちはエネルギーに敏感だから

本来の正しい感覚を目にして初めて

自分が狂っていることに気付けるの

だからね

自分自身のために

これからの新しい時代に向けて

すべての人のためにしっかりと自分を定めてください

とはいっても

インディゴ前期の人たちにも

指標が必要だと思います

いままでの時代においては

前人未到の誰も経験したことのない生き方だから

どうしても訳が分からなくなりやすいと思うの

だから、わたしは自分自身のためにも

すべてのためにも

いつでも自分を見失わずにいるようにしているの

調子悪いと、筆が進まなくなるから

ブログを書けている時は

ある程度、調子が良い時なの

調子悪くてもどうしても書きたいことがあれば

調子悪いけど、書いているって書くし

なんにせよ

わたしの場合は、具現化能力が高いからなのか

すぐにカラダか現実生活に異変が現れてしまうから

見失いようがないのね

実は、いまも新月の影響なのか

微妙な感じだけど

だから、わたしはいつでも

わたしを見失わずにいる

そうやって本来の自分の役割を遂行できる時

わたしたちが同じものであること

すべての人と共に生きることの意味が分かる

だから、わたしはみんなが迷わないように

いつでもここにいて

みんなと共に生きれる日が来ることを待っているよ(・∀・)