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さん☆おとぴpresents シンいのちのしくみ

いのちのしくみとか、この世のしくみを書いています

☆許し合うことと、この支配からの卒業③☆

└☆人の世のしくみ☆

それでね、コントロールのはなしに戻るけど

 

 

これって、人生において

本当に色んな所に影響していると思うの

 

 

ありのままで生きれたらコントロールなんていらないのよ

 

 

考えなくても、言葉が勝手にでてくる

あれこれ考えるよりも、そうしたいという感覚が湧いてくる

 

 

時に直感で動くこともあるけど

根拠なんかなく、理屈もないし

時には常識はずれなこともあるけど

そういう直感で動く時って

頭で考えたことじゃ解決できないような展開が起こったりする

 

 

(ちなみに、上記の説明だけだと

好き勝手生きれる

好き勝手生きるのがいいんだって

って勘違いをする人がいると思うけど

そうではなくて、

 

たとえば、わたしは

上の世代のきちんとしている感覚が

苦手だったって気付いてから

以前より掃除が苦手じゃなくなったって

はなしをしたけど

自分をコントロールしなくなると、

そういうルーチンワークみたいなのも

前に比べて苦痛じゃなくなってくるから

きまりきった仕事をするのも楽になると思うよ)

 

 

 

とにかく自分に真摯で素直であればいいだけ

 

 

だけど、物事にはタイミングってものがあるから

時にはうまく行かないこともあるけれども

自分を当たり前に信じることができていれば

そういうのも肌で感じるようになるよ

 

 

 

わたしがどうして自分を解くのが得意かっていうと

自分に対する素直さが人とは決定的に違う気がするの

 

 

例えばね、母親の呪縛が強いタイプの人って

基本的に素直じゃないように思うの

 

 

一見すると、素直に相手のいうことを聞いているように

見えるかもしれないけど、内側ではすごく抵抗していたり

こんがらがっているのね

 

 

後ね、母親の呪縛が強い人って

価値観が、母親に認められることにあることが多いから

自分に軸がないことも多くてね

その辺りもこんがらがっている点だと思うの

 

 

だから、人から認められることが基準だから

外側に見せる形で、ありのままの自分をみせようとしたりとか

つまずく人が多いんだと思うの

 

 

それでね、何がいいたいかっていうと

こういう風に、人に見せる自分を演出するのも

自分に対するコントロールだと思うの

 

 

別にそういう人を否定しているわけじゃないのよ

そういう所で、つまずきやすいと思うから

なにかヒントになるかなって思って伝えているの

 

 

そうはいってもね、わたしも以前は

自分をコントロールして生きていたのよ

 

 

嘘だらけの世界だと思いながらも

右に習えって感じで

波風立てないように、良い人を演じて生きて来たの

 

 

仕方ないんだよ

そうするしかなかったから

 

 

でもね、あの頃の自分の疑問に

すべて答えられるようになったから

どこかの誰かに役立つかと思って、

こうして気付いたことを伝え続けているの

 

 

頭で考えて生きてきたことは

もう訳が分からなかったから

自分で自分をコントロールすることで

さらに苦しみが増すなんて、ことすら分からず

必死でこなしていたのね

 

 

人を傷つけなくなくて

精一杯、親切だといわれることをしていたし

自分が無理しても、自分を後回しにして

相手に遠慮して、色んなことを譲っていた

 

 

でもね、そうやって

一生懸命人に優しくしようとしても

逆に恐がられることもあって

もうどうしたらいいか分からなかった

 

 

でも、いまになって分かるけど

そりゃそうなのよ

 

 

一生懸命無理して緊張している状態では

相手に緊張感が伝わるし

その行動自体に、わたしの心の痛みが乗っているから

相手にそれが伝わる

 

 

どんなに優しい行動をしようと

自分をコントロールしても全くの逆効果で

相手のためにも、自分のためにもならなかったの

 

 

だから、こうしてみんなにそれを伝えているの

 

 

いまでも、時々、あの頃のわたしみたいに

緊張しながらも、一生懸命

人に優しくしようとしている人に出会うことあるよ

 

 

ずっごい違和感を感じることもあるけど

わたしはね、自分にそういう時があったから

それすらも、優しく生きたいと願うその人の行動から

来るものであることを知っているのね

 

 

中にはね、人からの評価を気にして

親切そうなふりをしている人もいるとは思うけど

それすらも、母親を想う気持ちが元であると思うの

 

 

もっといえばね

上の世代の人たちが、人を支配しようとしたり

子どもや家族を所有しようとしたことも

そういう時代だったから仕方なかったし

家族を守りたい想いだったり

そういうものが全くないわけじゃないと思うの

 

 

この所有・支配って

人の感覚をものすごく狂わせるから

そのほうが強くなると

自分の中の愛情を見失いがちになるのね

 

 

だから、相手への愛情がみえなくなったり

形だけに捕らわれているように見えることもあるけれども

仕方なかったんだなって思うの

 

 

特に戦前生まれの人は

カラダの感覚的な痛み方がすごくてね

本来なら、PTSDになってもおかしくなかったぐらいの

傷をみんなが抱えているけど

日本人は気丈だから、みんなが耐えているから

一緒になって、みんなでその苦しみに耐え抜いたんだと思うの

 

 

だけど、どうしてもそれと引き換えに、

感じられなくなったものがあるんだと思うの

 

 

そういう強烈な痛みを内包した状態だと

強度の緊張感だったから仕方なかったと思うし

そういう人に育てられた人にもその緊張感が伝わっているの

だから頑なになってしまっても仕方なかったんだと思うの

 

 

若い世代は若い世代で

また違った痛みを抱えているし

それは、それで強烈なものだけど

上の世代の方たちに比べたら

まだ介入のしようがあるの

 

 

インディゴ前期から下の世代の人たちのできることは

こうしたコントロールによる痛みの連鎖が仕方なかったと気付いて

苦しみの連鎖に巻き込まれるのではなくて

そうして見せてもらったものを別の形で活かせるようにすることだと思うの

 

 

そのためにも

相手だけじゃなくて、そうしてしまった自分も許してあげることだよね

 

 

そうして許し合えることで、徐々に色んなコントロールから

解放されていくんじゃないかって気がするのよ