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さん☆おとぴpresents シンいのちのしくみ

いのちのしくみとか、この世のしくみを書いています

☆古い女性性の崩壊へ向けて~自分への過信とミスのはなし~☆

└☆人の世のしくみ☆

なんか、わたしの周りだけなのかな?

 

 

春分の日辺りから古い女性性の最後の悪あがきって感じで

般若エネルギーが強まっている印象だったんですが

 

 

5月の満月の日に古い女性性のエネルギーの

終焉が始まったって

たぶん夏至までかけて徐々に終わって行くだろうって思っていたんですびっくり

 

 

そのせいか、ここ1カ月ぐらいの間に

すごく変な印象の人が更に増えた印象なんです

 

 

たぶん物理的にも精神的にも忙しい人も多いと思います

 

 

普段の自分じゃ考えられないようなミスをしてしまいがちみたいです

 

 

たとえば来週の月曜にダーリンと銀行に行く予定だったんです

 

駅前の銀行が移転するのに

ダーリンが書類を入れるのに貸金庫を借りていたので、

その移転手続きがあったんです

生体認証なので奥様も一緒に登録してくださいといわれたので

一緒に行く予定でした

 

 

カレンダーにも、スケジュールにも来週だって書いてあって

来週だって、分かっていたのに

この前の日曜に、

「ダーリンが明日は銀行にいくから早く起きないと」っていいだして

何の疑いもなく、それを信じこんでしまって

一緒に銀行にいって浦島太郎状態でしたよ滝汗

 

 

銀行の人が、せっかくいらしたのでって

前倒しでやってくださったので、困らずに済んで

ありがたかったんですけど

自分でも来週だって分かっていたのに

疑いもせずに行ってしまったことが信じられません

 

 

そういえば、3月におとぴのお話し会の日時を

各ブログに下にリンクを貼ってつけたのも

日曜だって打ったつもりが土曜になっていて

しかもそれを何度も、コピペしているのに

日曜って打ったって思い込んでいたから

ずっと土曜の文字が日曜に見えていたんです

 

 

人の思い込みのチカラってすごくて

見えているものすら、違って見えることがあります

わたしは詳しくないのですが量子力学とかでは

見る人がいて初めてこの世界が表れるっていいますが

人には見える世界すら思い込みのチカラで

ゆがめて見えることができるみたいです

 

 

わたし、看護師していた時の癖で

確認癖があって、絶対に間違えてはいけない所

例えばブログでいえば、イベントを告知する時の日時とかは

2度、3度と確認するんで

絶対に間違えないという自信があったんですね

 

 

だから、最初に曜日が間違っているのを指摘していただいた時に

絶対にありえない…って思いでした

 

 

でも、実際に間違えていて

あの記憶の中の確認作業ってなんだったんだろう

確かに人はヒューマンエラーっていってミスをすることもありますが

この時は絶対に確認したっていう自信があったのに

実際に土曜ってなっていて

とにかくびっくりだし、

それまで見えていた世界がもろくも崩れた瞬間でした

 

 

これは、まだわたし一人のミスですが

ダーリンの一緒に日付を間違えたので

人の思い込みのチカラって伝染するんだなって思いました

 

 

普段は、すぐに気付きますよ

 

 

ただ、いまはとにかく人の気がそぞろになりやすいんです

 

 

だからといって、ミスをしないように

気を張っていると余計にこんがらがると思います

 

 

とにかくいままでの時代の癖がでやすいので

わたしのケースでいえば、わたしが日付を間違えるわけないって

過信であったり、自信がある所でミスをしやすい気がします

 

 

いまって古い時代の女性性の崩壊に合わせて

自己顕示欲を刺激するエネルギーがすごく流れている感じがするんですね

 

 

古い時代の女性性の象徴って

 

「わたしが正しい」

「わたしの思うようにしたい」

「わたしのいうことを聞いていれば

間違いがないのよ」

 

 

って言う感じの支配とかコントロールのエネルギーが強いんですよ

 

 

表面的には、「無理強いはできないわ」とか

「あなたの好きにしたらいいのよ」っていいながらも

感覚的には、上記のようなエネルギーを発しながら

自分の思うように相手をコントロールするんですね

 

 

なんだか、そういった支配的な感覚が

刺激されているように思います

 

 

だから自分が正しいと過信しがちな所で失敗して

自分の正しさの自信を喪失するような

体験をさせてもらっている感じがします

 

 

そもそも失敗してもいいんですよ

 

まぁ、時と場合にもよりますし

絶対に失敗できないような出来事もありますけどね

 

 

ちゃんと人が内側に向かって

自分を生きようとしていえば

失敗しそうになっているのを

誰かが指摘してくれたり助けてくれますし

仮に失敗しても、上に書いたケースのように

誰かがフォローしてくれたりして

問題なくやりすごせますよ

 

 

ただいまのこのエネルギー下で

人が頭で生きていて

過信していると、過信した所で

すごい問題が起きたりして

もめごとが更にもめごとを呼んで

収集がつかないぐらい、混乱してしまう恐れもあります

 

 

しかも、いまのこの内側に向かって生きるしかない

エネルギー下で外側を向いて生きるということは

思い込みを更に強めて生きるしかないと思うので

問題が起きていたり、ミスをしていても

気がつかないぐらい、自分を過信して違えている恐れもあります

 

 

ミスに気付ける人は

自分のあっけにとられるほどあり得ないミスに

恐怖して

またミスをしないように

正しくあろう、あろうとするしても

余計に緊張してミスをします

 

 

本来の人として感覚を生きれていれば

そんなに困ることって、基本的に起こらないんです

緊張して堅く張っている状態って

本来の自分を生きるのと真逆なので

がんばるよりも、チカラを抜いて楽にしたほうが

物事はうまくいったりします

 

 

後で書くけど

本当の意味で楽に生きることをしらない

旧時代的な正しさを主張するような人たちが

自爆に向けてまっしぐらなんです

 

 

前時代の人と同じように

正しさを主張する自分であると

同調して知らず知らずに巻き込まれますよ

 

 

別に正しくなくてもいいし

間違ってもいい

 

 

人から認められなくても、分かってもらえなくても

自分で自分を認めて分かってあげられればいい

 

 

前も言ったけど

正しさがあるとしたら

自分の中にある感覚とのフィット感だけなのね

 

 

だから外側に見せる姿に正しさを求めるよりも

自分自身とのフィット感を高めた方が

いまの時期はいいと思うし

何かもめごとに巻き込まれそうな時は

その自分自身にしっかりと着いた状態で

相手や周りをしっかりと見極めてあげてね