さん☆おとぴpresents いのちのしくみ

2017年1月にアメブロからお引っ越ししました。過去記事保存用なので、たぶん更新することはないと思います。

見えない壁の正体

こんにちは照れ

 

 

今晩、御蔵島行きの船に乗るので

楽しみで楽しみで落ち着かないおとぴです

 

 

ちょっとだけ書きたいことを書こうと思うけど

またちょっとのつもりが長くなったら、ごめんちゃいてへぺろ

 

 

前にこの記事で書いた見えない壁みたいな膜が気付いたら

なくなっていたんです

☆見えない壁☆~フェイスブックのお友達申請について~

 

 

 

そうそう、先週末にたまのをの記事を書いた時に

いただいたコメントに答えてた時に

「もう限界です」って言葉が出て来たんです

 

 

それまでは眠くて眠くて仕方ないことが多くて

 

 

眠くて仕方ない時には、色々と理由があるんですが

大きなブロックにあたってたり

何かを見ない様にしてたりすると異様に眠くなることがあります

 

 

そういう時は、ふと何かに気付くと、異様なほどの眠気が

嘘のように消えるのでびっくりします

 

 

でも、眠い時は寝てしまうことで

寝ている間って、頭が休まるので

カラダからの声を受け取り易くなるんです

だから寝ている間に何かのメッセージを受け取って

目が覚めてウトウトしている時に

何かが閃くこともあるので

あまりにも眠い時は思いっきり眠ってしまうのも

ひとつの手です

 

 

それで、この記事を夜中に書いて限界だって

気が付いたら、目が覚め過ぎて眠れなくなって

おフトンの上でもんもんと

 

 

「たとえ、誰になんていわれようが、嫌われようが

世界中の人を敵にまわしても、嫌なもんは嫌だ」って

考えてたら、寝ているはずのダーリンが

「世界中の人を敵にまわしても嫌だ」って考えた瞬間に

ふっと手を握って来たんです

 

 

寝ているので無意識だし、本人は分かってないと思いますが

 

 

その手から「何があってもボクは君の味方だよ」って

言われた気がしたんです

 

 

パートナーとの関係は自分との関係を

すべて映して見せてくれることを身をもって実感しているので

 

 

彼が味方でいてくれるということは

わたし自身が自分の味方でいてくれることでもあるので

 

 

なんだか自分と思いが通じた気がして泣けてきたんです

 

 

そういうことが、あって

いつの間にか、あの薄い膜みたいな壁を感じなくなっていました

 

 

それでね、いま、思うとあの薄い膜みたいなものって

なんだったっていうと

 

 

上の世代の人からの洗脳です

 

 

自分自身が作った心の壁というよりも

上の世代から代々引き継がれてきた

無意識下での洗脳によりできた人と人との壁みたいなものです

 

 

 

人は思っている以上に、エネルギーで干渉し共鳴し合っている

 

 

言葉で分かり合えるのなんて本当にごく一部で

だいたいは無意識下でのエネルギーの交流によって

色んな情報を共有している

 

 

前に依存と支配のエネルギーは現れ方の違いだけで

エネルギー的には同じものだって、ちらっと話したけど

 

 

それを話したら、

保育園の先生をしているお友達がすごく納得してたんだけど

 

 

そのお友達がいると、クラスのみんなが落ち着いているのに

たったひとり、依存的な大人がクラスに足を踏み入れた瞬間

子ども達の様子が激変するんですって

 

 

いきなり依存的な感じで甘え出す子

 

暴力的に暴れ出す子

 

お友達にいうことを聞かせようとわがままを言う子

 

 

とか、さまざまに一瞬で雰囲気ががらっと変わるんですって

 

 

何も分かってない大人達は

そのお友達が威圧して子ども達を無理やり従えていて

他の大人が来たことで安心して

抑圧がとれて暴れ出すんじゃないかとか

そういう判断をするらしいから困ったもんだけど

 

 

それぐらい、人は人とエネルギーを共有しているし

特に子どもたちにはそれが如実に表れる

 

 

わたしも、子どもと同じように人とエネルギー的に共鳴しやすいので

すごく気持ちが分かるんだけど

わたしも一緒にいる人のエネルギーに無意識にすごく左右されるの

 

 

わたしが思うに、特に支配とか依存とかの

コントロールのエネルギーは、強烈に周りに影響を及ぼす

 

 

上の世代の人に多いんだけど

とくに支配的な人といると

相手がいうことに無意識にコントロールされるから

それが嫌過ぎて、無意識に張っていってしまうのね

 

 

これは自分でコントロールしようとしてやっている人と

上の世代から、そういうやり方を無意識に受け継いできて

知らず知らずに相手をコントロールしようとしている人がいる

 

 

言葉だけじゃないのよ

その人にとっては

相手を思って良かれと思って、

相手に助言しているつもりかもしれないけど

人それぞれに感性も違えど、好みもあるの

 

 

特に旧世代の人って、枠に強くはまっていて

選択肢がない中、育っているから

人それぞれの個性を尊重するということが

あまり理解できないみたいで

自分の意見を良かれと思って相手に、押し付けるんだけど

その人はそれを当たり前にされて来ているから

それが押し付けだってことに分からないし

そうやって相手を支配しているなんて気付きようがないの

 

 

あのね、アドバイスをしちゃいけないわけじゃないの

感覚的な違いなんだけど

幸せな人って、すでに自分で満たされているから

相手に何かを期待するってことがないの

仮にアドバイスしても、それを相手が聞こうが聞くまいが

あんまり関係ない感じ

 

 

基本的に満たされていない人って欠乏感が強いから

誰かの役に立って、自分を満たそうとする人が多いし

満たされてない分、過剰なぐらい人に与えようとする人もいるし

自分を証明することで、満たされようとする人もいる

 

 

とにかく相手を感じないで、

これがいいに決まっているって思い込んでいるのも

分からないぐらい

その人のやり方以外の選択肢がこの世に存在しないかの

勢いで勧めてくるから、相手はそれに洗脳されてしまうの

 

 

あー、区別がつかない人が多いだろうから

一応、言っておくけど

例えば、わたし、すごく幸せだけど

あれこれ嫌なことは嫌ってはっきりいうようにしているけど

これは相手に無理強いをしているわけじゃないの

ただ、わたしはこう思うって意見を述べているだけなんだけど

支配と依存の中で育って来た人には

それを無理強いされたととらえる人もいると思う

あと、わたしもとっさにムカついて押し付けることがあるんだけど

そういう時は相手が支配的に押し付けて来ていたり、

依存的にくれくれしているのに反発している時がほとんどな気がする

 

 

それでね、話しを戻すと

本来は、これぐらい人と人はエネルギーを共有し

すべては繋がっていて

その中で、色んなことが調和されているのね

 

 

それと真逆にあるのが、支配と依存の世界なんだと思う

 

 

さっきの保育園のはなしは

大人でも例外ではなくて

話しをかぶせて話す人がメインで話していると

みんな、話しをかぶせ合うし

落ち着いて話しができる人がメインで話すと

みんな、落ち着いて話しが出来たりするから

大人でもそうとうエネルギー的に影響し合っていると思う

 

 

これまでの前時代ではびこってきた

支配と依存からできている世界では

本当はこうやって人と人とが繋がり合って

影響し合っているのが、気付かせるわけにはいかなかったの

 

 

だって、相手を支配するのに

本来の人と人とが繋がり合い、調和している世界なんかに

気付いたら、支配と依存の関係が成り立たなくなるからね

 

 

こうした世界によって、人と人との繋がりが断たれ

まるで別の存在のような錯覚を起こすような感覚

それが無意識下で伝わってきていて

それがわたしにとって壁のように見えたんだなって思う

 

 

なんかね、最近、よく思うのが

どうして前時代的な洗脳からとけるには

自分とか個性とかを前面にだして

強い個性を打ち出していかないといけないし

上の世代の人たちはまだまだ無意識下で

コントロールしてこようとするから

そういったものから、逃れるためには

エネルギー的に強く張って行かないといけないんだけど

そういう自分が本当はものごく嫌だし疲れるんだよね

 

 

夏至過ぎて、こうした洗脳やコントロールから

抜けれる時代になったのよ

 

 

だけど、人はどれほど自分が無意識に

洗脳されているか分からない

 

 

わたしも、夏至過ぎてから

自分で自分の思い込みに色々と気付いたよ

 

 

あのね、たぶん、インディゴ系の人が

戦士の質を持って来たのは、闘うために張って行くでしょ

それで前時代的な生き方の緊張感と共鳴させて

前時代の人の癖を受け取り易くする目的もあるんじゃないかと思うの

 

 

だから、無意識に上の世代の人を見ると

張って行ってしまうんだけど、

もう癖を受け取らなくていいから

すでに受け取って自分の中にある癖に気付いて行くことで

自分も楽になるし、

その解けて行く感覚が周りにも伝わる

 

 

なんかね、つくづく思うのは

前時代的な癖を解くには上の世代を参考にして

新しい生き方を模索するのや恐怖を超えるためには

若い世代の人たちを参考にするといいんだと思う

 

 

どうしても、わたしもたくさん恐い想いをして来たから

つい癖で張って行こうとすることもあるけども

そんな時にどんな人のどんな言葉よりも

クリスタルの子たちの姿を見ただけで

「闘わなくていいんだな」ってそのチカラを

ふっとゆるめることができる

 

 

そうやってわたしたちは

みんなで支え合って生きているんだと思う