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さん☆おとぴpresents いのちのしくみ

いのちのしくみとか、この世のしくみを書いています

人の世への挑戦③タタリ神とカオナシ

└☆人の世のしくみ☆

☆人の世への挑戦①☆

☆人の世への挑戦②~マウンティング殺し☆

 

 

よっしゃー!!

来たぞーーー!!

 

わたしがいままで、謎に思っていたこと

色んなことがパズルのピースがはまるように繋がって来た

 

 

ちょっと、壮大過ぎて、まとめきれないけど

覚え書きにここに書いておきます

 

 

なぜ、人が自らを捨てるようなことをするのか

 

なぜ、人がこのように感覚が来るっているのか

 

 

それがはっきりと感覚で分かって来た

 

 

そもそも、世代シリーズ シーズン2を書いていて

この続き

旧世代VSインディゴ~善意のつもりの悪意①~

 

かなりはっきりとした内容が自分の中にあるにも関わらず

書こうとするとフリーズするのよ

 

それだけ、怖かったってことだと思うんだけど

 

 

そのフリーズする感覚って

これで書いたものと同じ感じなの

☆古い女性性の崩壊へ向けて~自分への過信とミスのはなし~☆

 

☆麻痺した感覚が浮上して来て、人がおかしくなっているはなし☆

 

 

なんかねー

わたし、自分の中で腑に落ちない感覚がある時は

ピンときた映画を観たりするのね

あと妙に気になるんだけど、観る気がしない映画とか

そういうのを見ると、映画を観ながら色んな

ヒントがあったりするの

 

 

それで、昨日、久しぶりに「もののけ姫」を観たの

 

 

元々、公開された当時にすごく感動したの

ビデオテープが発売されてすぐ買ったぐらい

(ビデオというのが時代を感じる…

ちなみにさん☆おとぴの「さん」はsun(太陽)でもあるけど

もののけ姫のサンのように強い女性になりたいって思ってつけた

 

 

だけど、もう10年以上はまともに観てないんじゃないかなー

ビデオデッキがないっていうのもあるけど

金曜ロードショーでやっていても観る気がしないの

 

 

正直、観る気がしないけど

なんかヒントがある気がしたから久々にDVD借りて観たのよ

 

 

 

 

なんとなく、あれかなーと思ってたんだけど

 

↑これよこれ…たたり神

 

 

恐すぎる…。

最近、ヘビブームだって言ったけど

このうねうねがヘビな感じで、大量にむらがっている感じなのね

 

 

1月ぐらいに古い時代の女性性に襲われた時に

ミミズの大群みたいな感じで

たたり神みたいだなーって思ってたけど

感覚的にピンと来なかったのね

 

 

だいぶ、感覚的に腑に落ちて来た

 

 

ほとんどの人にこの感覚があるんだけど

感覚消していて分からないのよね

 

 

そりゃ感覚消したくなるよ

この感覚、ものすごく気持ち悪くておぞましいから

 

どんなエネルギーかって言うとか

恨み、苦しみとか憎悪とか嫉妬とか色んなのだよねー

とにかくキモい

 

 

ちなみに宮崎作品すごいなーって思うんだけど

このおぞましい感覚を消して無感覚になっている人って

わたしには「かおなし」みたいに見えるの

 

 

 

 

この麻痺して感じなくなっている状態でも

頭の回転が早い人は、

それでフォローして事なきを得ていただろうし

感覚的な人は、ぼっーっとしてたりして

天然ボケの印象があると思う

それでも、それぞれに何とかやりすごして来れたと思うの

 

 

2014年の秋ぐらいから

感覚的におかしくなった人が多くて

だいたい母親の呪縛が強いタイプの人なのよ

 

 

自己顕示欲の強さって

だいたい母子関係が大きな原因だと

わたしは思っているのね

潜在的な母親に認められたい想いが、自己顕示欲を強める感じ

 

 

たぶん、母親の呪縛が強い人は

自分で不安定なのを自覚していても

自己顕示欲の強さ故に、不安定さを隠して

素晴らしい自分をパフォーマンスしている感じの人が多いから

傍目には分からなかったり

むしろ成功しているように見えるかもしれないけど

感覚的にはどんどん奇妙な感じになっている人が多いのね

 

 

 

それで、2015年の秋にも更にその奇妙さが増して

今年になってさらに、感覚的に狂っている人が多いんだけど

 

 

今年になってからは

特にたたり神の感覚とカオナシが同時浮上している感じ

 

 

色んな人が「自分を生きる」とか言ってるけど

本当は、多くの人は自分を生きたくないのよ

 

 

だって本来の自分を感じてしまったら

同時に、たたり神の気持ち悪さも感じてしまうし

カオナシ的な自分の無感覚さってすごく恐いから

気付きたくないと思うよ

 

 

でも、もうとにかく内的なものが浮かび上がって来ていて

嫌でもこういう感覚が浮上して来ているの

 

 

感じたくなくて、消したカオナシっぽい無感覚さって

わたしには空白な感じにもみえるんだけど

その空白が表面に出てくると人ってフリーズするの

 

 

物理的にカラダが動いたとしても

思考がフリーズして、変なミスを起こす

 

 

その部分が空白になったみたいに誤作動を起こすの

 

 

例えば分かりきった、慣れた道でも

何か内側の恐怖を感じるようなことがあれば

その部分に空白がかかってくるから

バグったように反対の道に行ったようになるの

 

 

その自分を多くの人はとらえらないと思うし

とらえられたとしたら、自爆するように

真逆なことをする自分にも

その部分が空白になってはっきりと思い出せないことも恐いのよ

 

 

しかもこのバグって伝染するみたい

 

 

若い人とか感覚的なひとほど、

こういうミスが増えているんじゃないかな

最近、店員さんとか変にぼーっとしている時あるもの

コンビニでも買ったもの袋に入れてくれなかったり

 

 

そのぼーって同じ感覚なの

 

 

とにかく感覚に無くなるぐらい、麻痺させて感じなくさせている

ものが人の奥深くに眠っているんだけど

その麻痺した感覚が最近、浮上しやすいみたいっていうか

麻痺が解けて、感覚が少しずつ戻ってきているみたいなの

 

 

先月の目がまわる感じなんかもそうなんだけど

 

 

あの、たたり神を内包している

感覚が気持ち悪過ぎて感じない様に

感覚を消していたのにその痺れが出てきているみたい

 

 

正座がして痺れていた足が、感覚が戻ってくると

びりびりするように、

触られると過剰に痛みを感じたり

うまく動かせなかったりするけど

その自分をコントロールできない感じ

 

 

わたしも最近、頭がフリーズするっていうか

空白に感じることがあって

そういう時って、

忘れない様にって思ってたものを

あえて忘れたり、バグるよね

 

 

 

わたしが自分でびっくりしたのが

ダーリンと海に行った時に

帰り支度をしていて、車の後ろを開けていて

支度し終わってね、ドアをしめるのに

ダーリンが車のそばにいたから

いつもだったら「閉めるよー」って声をかけてから閉めるの

 

 

だけど、この時は目視で

ダーリンがドアの範疇にいないのを確認して

何も言わずに閉めたら

 

「ゴン」、「痛ってー」って感じでドアをダーリンにぶつけちゃったの

 

目視で確認したって、人は動くし

確認した後に、ダーリンが動いたのかもしれないけど

ぶつけたのは事実だからいつもだったら真っ先に

「ごめんねー大丈夫?」っていうのに

 

 

この時に最初にでた言葉が

 

 

「なんでここにいるの?ぶつからないように確認したよ

なんでいるの?閉めようとしている時にこっち側に動いたでしょ」

 

 

って言葉で、謝ろうって気にならなかったの

 

その自分が不思議なんだけど

どうにも謝ろうって気がしなくて

動いたお前が悪いぐらいに思っているのよ

 

 

どうやらダーリンがタバコを取ろうとして

動いたのは事実らしいんだけど

一声かければぶつけてないし

なんで謝れないんだろう?

 

 

普段なら、危険はなんとなく察知できるから

事前に声かけしたり予防しているんだけど

この時はその感覚にモヤがかかっている感じで空白なのよ

 

 

この自分は悪くないって

変な自分への過信も気持ち悪いし

 

 

相手が頭を出したんじゃないかとか

相手のせいにしたくなるのもおかしい

 

 

 

その自分の無感覚さがすごく気味が悪く感じた

 

 

 

でもね、人って人が転んだりとかすると

笑うじゃない

なんか、それと近いものを感じるのよね

人が傷つくことに痛みを感じずに、むしろ笑ってしまう無感覚さ

 

 

たぶんね、人はたたり神みたいなのに

やられて、本来持っている人と人とが生き合うために必要な

罪悪感みたいなものも、消してしまった気がするの

きっと自分を捨てたことによる原罪の罪の意識を軽くするためかも

 

 

その状態ってむしろ自分も人も傷つけようとするほうに

無意識に行動するんだと思う

 

 

そうやって、人はいのちを生きれない罪悪感を

どんどん麻痺させているんだと思う

それが復活するのが恐ろしいから、むしろ死ぬ方に死ぬ方に歩んで行く

 

 

一応、多くの人が感じる罪悪感を感じると思うけど

それって後天的に植え付けられたものだと思う

 

 

それでね、こうして人が本来の感覚を麻痺させてくれるがために

色んなバグが起こるけど

そういったバグがなくなって

本来の感覚が戻ってきて、

カラダが優位に生きれているとカラダが勝手に動いてくれるの

 

 

その状態だと、この世は調和された状態になると思うよ

 

 

危ないことなど、自然に回避できるし

人と人とが自然に支え合い、助け合い、生き合える

 

 

時代は調和に向かっているので

この麻痺を超えるために、浮き彫りになっている

 

 

だけど人は長年の癖により

頭でコントロールできないことを

ものすごく怖がるから

思考を忙しくすることや、

自分の思い込みのストーリーの中で生きることで

色んな感覚をごまかしていたりするよね

 

 

これまでの時代はそれでもなんとかなったけど

これからはその恐怖を、思考を忙しくすることや

ストーリーの中で生きようとすることで

フォローしようとすると余計にひどいミスが起こる

 

 

これからは、とにかくなんとかしようとすること

コントロールしようとすることが

余計に人をおかしくするようになっていく

 

 

仕事などで管理などコントロールが必要なこともあるし

すべてのコントロールがいけないわけではない

相手の領域を侵すようなものであったり、

自分自身や相手の生きるチカラを奪うようなコントロールがダメ

 

 

そういうコントロールには、色んなトラブルが発生しやすい

 

頭がまわらなくても

無理になんとかしようとしないで

それを超えるべき起きていると自分を信じると

ミスは起きても、フォローできるレベルのミスで済む

 

 

ただ自責的な人は少しのミスでも自分を許せなくなるので

自分を許す練習をさせてもらっていると思って

カラダを信頼して、無理になんとかしようとしない

無理になんとかしようとすると焦って、余計にこんがらがるから

そういう自分に気付いてあげること

慌てず深呼吸したりして、

「怖いね。大丈夫だよ。落ち着いて。なんとかなる」って

自分に声をかけてあげる

 

 

あとは極力自然と触れ合って、自分のバランスを整えることも大切

 

 

 

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