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さん☆おとぴpresents いのちのしくみ

いのちのしくみとか、この世のしくみを書いています

ヘビと原罪と人が抱える矛盾とパラダイムシフトのはなし②

└☆人の世のしくみ☆

それでね、わたしが思うに

アダムとイブのはなしにでてくる

 

 

知恵の実と、生命の実

 

 

人にも知恵の実タイプの人と

生命の実タイプの人がいると思うの

 

 

それはどちらが良いというわけじゃなくて

陰陽とか男女みたいな感じで役割分担していて

どちらも必要であり互いに活かし合う必要があるの

 

 

知恵の実タイプの人は

知恵を駆使して理想を求める感じで知性の人

 

 

生命の実タイプの人は

いのちを育み現実を生きるタイプで感覚の人

 

 

これ本当にどっちも必要なのよ

 

 

理想を求める知恵の実タイプの人は

理想を求めれるが故に、時に現実的じゃないだろうし

 

 

生命の実タイプの人って

例えば、わたしなんかがそうなんだけど

すごく感覚的だから、あんまりボキャブラリーがいらないのよ

若い子たちが「やばい」と「かわいい」だけで

会話が成立するような感じで

同じことばでも感覚的な違いをキャッチできるから

あまりボキャブラリーが必要じゃない

 

 

例えば、生命の実タイプの人が

農耕民族でずっと農業だけやって生きて行くならば

それでも、いいだろうけど

いのちには、いのちを発展させたいって

イヤサカの想いがあるから

生命の実タイプの人たちだけだと、発展力に乏しいのね

 

 

そこで知恵の実タイプの人たちが加わることで

色んな感覚の些細な違いを

言葉で表現してみたりしたから

たくさんの美しい言葉が産まれて来たんじゃないかな

 

 

知恵の実タイプの人は美を追求するような感じがあってね

色んな面で理想を求めてこの世界が発展してきたような感じがするの

 

 

生命の実タイプの人だけだと

この世が発展しないのよ

 

 

でも、智恵の実タイプの人だけだと

理想を求めるがあまり

時にはいのちを軽視することもあると思うし

理想と現実がそぐわなかったりすると思う

 

 

人は知恵派、いのち派って明確に別れる訳じゃなくて

それぞれに持っていて、男性性、女性性みたいな感じで

両方持っているけど、男性性が強いタイプとか色々といると思うの

 

 

ただ前時代は、この知恵が強欲な感じのヘビエネルギーに

すごく浸食されていたような感じがあるのね

 

 

だからね、ほぼすべての人が

なんらかしらの形でヘビエネルギーに侵されているように思うんだけど

誰も彼も少なからず知恵派のエネルギーを持っているからだと思うのね

 

 

 

特に女性のほうがヘビエネルギーが表れやすいように思うんだけど

なんかヘビエネルギーの現れ方も

知恵派といのち派の人で違う感じがあってね

 

 

みんな両方持っているから

よーく視ると、両方あるんだけど

 

 

元々、智恵の実タイプの人に

ヘビエネルギーが強く現れたら

やたらと反応が早いっていうのかな

知恵がまわるぶん、頭の回転も早いのかな

 

 

返事が超早い感じで「分かりました」とか「気付きました」を

やたらというとか、やたらと結果を出したがる成果主義な感じがあって

すぐに「悟った」とか「シフトが起きた」とか魂がうんちゃらかんとかとか

すごく大きな出来事にしたがるというか、

パフォーマンスとかアピールがすごい感じがあるの

 

 

最近、ヘビ系の人が妙になっているっていったけど

主にこのタイプの人が多くて

元々、感覚的じゃなくて思考が強くなるタイプの人たちだから

脳内ファンタジーが炸裂しているみたいなんだけど

感覚的には、全然、伴っていないから

傍から見ていてすごく妙にみえるの

 

 

ただね、感覚的に伴っていなくても

理想を追求して、実際に動けるタイプの人は

結果も出せるだろうから、一般的には

このタイプで結果を出せるタイプの人は人気があるよね

 

 

あとね、生命の実タイプの人が

ヘビエネルギーが強くなると

 

 

ぼーっとしていて反応が鈍かったり

天然ボケな感じが強くて話しが通じない印象があるよ

 

 

このタイプの人は知恵じゃなくて

感覚で閃くことで色々と判断するタイプの人なのに

それが麻痺してしまうと

何を基準に選んでいいか分からないから

物事を選ぶのがすごく怖いというか

本来、感覚が優位なのにそれができないと

自分が立っている場所すら疑わしい感じで

だから例えば目的の駅に降りても、

本当に合っているかの自信が持てなくて

常に確認しないといられないような感じになるみたい

 

 

このタイプの人が感覚的に狂うと

目の前に探し物があっても見つけられなくなるのよ

このタイプの人は物を探すのも目で見て探しているというよりも

無意識に感覚的に探しているのね

 

 

逆に調子が良いと、探さなくても

それがある場所が閃くように分かる感じなんだけどね

 

 

だから、感覚が狂っている状態だと

色んなことに自信が持てないから

人に判断を委ねてしまったり、

クレクレ星人になりやすい傾向があるみたい

 

 

それでね、ヘビと原罪と人が抱える矛盾とパラダイムシフトのはなし①

でも、書いたように

人は無意識に自分を生きようとしないで

自分でない何者かになろうとしたがるの

 

 

それも、この原罪による

自分のいのちを生きていないという

罪の意識に触れたくなくて

無意識に感覚を逸らすからじゃないのかなって思うのね

 

 

冷静に見ると、人がね

感覚を麻痺させて、脳内ファンタジーで生きているさまって

すごく滑稽に見えるし

こんな生き恥をさらして生きていて恥ずかしくないのかな?って

不思議に思うぐらい、妙なことを多くの人はしているんだけど

感覚が麻痺していて、それを感じないみたいなの

 

 

むしろ、わたしからしたらどうでもいい世間体とかの

恥ずかしさとかはやたらと気にするから、余計に妙にみえるし

でも、本当は感じない様にしていても、どこかで感じているから

恥ずかしすぎて、余計に気付かない様にしているのかもって思うの

 

 

だから、無理に感じるようになったほうがいいとかは言わないけど

そのままほって置くと、旧世代とかの人みたいに

どんどん感覚が麻痺して行くだろうし

若い人の場合は感覚が良いし、いまは時代のエネルギーが

どんどん本質に触れるような感じになっているから

旧世代の人以上に、妙な感じになる人も増えると思うし

どんどんそれらが浮き彫りになって行くと思うよ

どうするか決めるのは、いまが大きな分かれ目だと思う

 

 

 

それでね、多くの人は夢を見るような感じで生きているって言ったけど

だからこそ出来上がったのが、この世界なの

 

 

でも、もう目を覚まさないといけない所まで来ている

 

 

ただ、目を覚まさないでいることを選んでいる人たちも

たくさんいるように思うの

そういう人は脳内ファンタジーにどっぷり浸かっているだろうけど

それはそれぞれの選択だから、どっちが良いとかじゃないの

 

 

ただ、おとぴ的には

怖くてもしっかり目を覚まして

少しずつでもいいから、

この世界の本当を見る勇気を持てる人が増えたらいいなって思う

 

 

ヘビって脱皮するから、生まれ変わりを象徴するらしいし

生まれ変わるように、変わる時が来ると思うの

 

 

そして、目を覚ましてこの世の本当を見ることが出来たら

こんな風に人が生きてしまっても仕方なかったんだなって

自分自身も、人も世界も許して、

互いにみんなで許し合えるようになれたらいいなって思う

 

 

それがいまの時期のパラダイムシフトにかける

おとぴの祈りです